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4|弁慶伝説
弁慶ゆかりの地~和歌山県田辺市
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ここ田辺市は、弁慶生誕の地ということもあり、ゆかりの場所や品が数多く存在します。田辺市にお越しの際には、弁慶めぐりをされてみてはどうでしょうか。
闘けい神社は、壇ノ浦合戦で源氏を勝利に導いた熊野水軍の伝説が今に伝わる神社です。名の由来は、源氏と平氏の双方より熊野水軍の援軍を要請された武蔵坊弁慶の父である熊野別当湛増(たんぞう)が、どちらに味方をするかの神意を確認するため、神社本殿の前で赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせたことによるものです。境内の一角にはその様子を再現した湛増と弁慶像があります。
田辺市役所駐車場入り口の庭園に、武蔵坊弁慶にちなんだ「六代目弁慶松」が植えられています。
県文化財に指定されており、指定書によれば鎌倉期とされています。
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弁慶ゆかりの地~滋賀県竜王町
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義経は源氏の総領である源義朝の九男として産まれ、幼名を牛若丸、少年時代を過ごした京の鞍馬寺では遮那王と名乗っていました。
義経が元服する時に使ったといわれるたらいの底板が現在も鏡神社に残っています。
鏡神社石段の手前に「弁慶の筵石(むしろいし)」と呼ばれる平たく筵状に模様の入った石があります。弁慶はこの石の上に筵敷いて座り、主(義経)の帰りを待っていたと伝えられています。 >>滋賀県竜王町観光協会ホームページ「鏡の宿 義経元服ものがたり」に、さらに詳しい情報が掲載されています。 |
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鞍馬を抜け出した牛若丸は近江の「鏡の宿」(現在の滋賀県竜王町鏡)に入り、稚児姿で見つかりやすいのを避けるために元服することを決意します。
鞍馬寺より奥州下向の途中、近江の「鏡の宿」(滋賀県竜王町)に着いた牛若丸一行は、当時の宿駅の長であった澤弥伝(さわやでん)の「白木屋」の旅籠に泊まりました。現在は畑地となっており、中央に石碑が建てられています。
源義経が元服のおり参拝したと伝えられる神社です。